「機関車トーマス」の翻訳にまつわるお話 二

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トーマスの本は、アニメ版(100冊以上続いた)の他、手のひらに乗るくらい小さな、赤ちゃん用の絵本、大きな長方形の絵本、もっと大きな正方形の絵本、ポップアップ式の絵本などなど、数え切れないほど訳した。一つだけ、変わり種は、劇場用映画になったトーマス(2000)を本にする仕事。実は、この映画は(私見では)かなりの駄作で、アメリカでの批評も芳しくなかった。ピーター・フォンダやアレック・ボールドウィンが出演しても、どうにも救えない、めちゃくちゃ作品になってしまったが、私は、自ら駄作の予感を持った制作者が何とかすべく、すったもんだしたお陰で、大変な迷惑を被ったのである。

映画からお話を興すにあたり、ビデオと、英文のシナリオをコピーしたものが、届けられた。ハリウッド映画を劇場公開前にビデオで見られるというのは、ちょっとした体験ではあったが、正直に言って、その時点で良い映画とは思えなかった。それでも、お仕事。ビデオを見て、シナリオを読んで、お話の構成を考え、章に分け、章の見出しを付け、書き始めた。

私は、書き出すと、仕事は速い。朝型で、家の者が出払ったあと、気持ちが世の中の騒めきに乱されない午前中に集中する。日々、さかさかと仕事が進んで(つまらない仕事は早く終わらせるのが一番)、終わりも見えかけた頃、電話が入る。「何か、変更があったみたいで、新しいビデオが来てるんだけど。えっ? もう、そんなに進んでるの? だったら、至急届けるから、悪いけど、原稿に手入れてくれる?」アニメ版の編集者とは別の編集者が言っている。

その、至急届いたビデオを見て、えーっと、へたり込んでしまった。手を入れるどころじゃない、全く違うお話になっているのだ。ところが、制作費節約の為か、使われている映像は以前のまま。要するに、撮り終えたシーンをマージャンのパイみたいにガラガラガラとかき混ぜて、積み直しただけなのである。もともとパッとしないお話が、わけの分からない、こじ付けのお話に変わっただけ。誰か、お金をたくさん出している人が、最初のビデオに問題ありと感じ、「鶴の一声」で「積み直し」が行われたんだろうかと、勘ぐってしまう。ピーター・フォンダが強調されるような仕上がりで、彼の名前に頼ろうとしたのかも知れない。

仕方なく、構成からやり直し、完成はさせたものの、まことに、実りの少ない仕事であった。

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